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長野県・小諸市にて森林教室!

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 富士山から長野県小諸市へ移動。9月27~30日まで小諸市で野口健環境大使賞の授賞式、講演会、そしてメインの小学5年生を対象とした森林教室を行った。小諸市では4年前に小学校(義務教育)の授業の中で現場型環境教育をやろうと芹澤市長と共に「森林再生プロジェクト5カ年計画」を発表。小諸市には小学校6校あり、いまでは全ての小学校の5年生(600人強)と一緒に森作りを行っている。具体的には子どもたちに間伐体験などをさせている。
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 市が直接、教育委員会や教育現場に呼びかけて環境教育をプログラムに入れたのは全国で小諸市が初めて。私がいつもやっている野口健環境学校は夏休みなどの学校が休みの日に開催しているが、自身で申し込んでくるわけだからそもそも環境問題に関心がある子どもが多い。まあ~それはそれでいいとして、しかし、環境問題は全ての子どもにも関係してくるわけで、興味があろうがなかろうが、国語、算数、社会といった科目同様に教え伝えていかなければならないだろう。
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 そのために方々の教育委員会などに「現場型環境教育をやらせて頂けないか」と提案してきたが、部外者に対しなかなか門が開くことはなかった。ちょうどそのタイミングで芹澤市長から「小諸市を環境都市にしたい。力を貸してほしい」との要望があり、それでは引き受ける条件として「市長が教育委員会を説得して市内の小学校で環境教育をさせて頂きたい」と生意気ながら注文をつけさせて頂いたのが事の経緯です。それから芹澤市長は教育委員会や学校に直接働きかけ紆余曲折ありながらもスタートしたのだ。

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 最初の年は6校中4校が参加。この森林教室は地元メディアも大きく取り上げ話題となった。参加しなかった学校の親たちからは「なぜ、うちの子供たちは参加できないのか」といった声があがったそうだ。それらの結果、2年目からは6校中6校全てが参加。嬉しい広がりではないですか。

 毎年やっていて思うんですが、朝、体育館で集合したときはなんとなく眠たそうな顔をしている子ども達が一歩森に入ると途端に表情がキラキラする。これは理屈じゃないんだなぁ~。どんなに頑張って子ども達に話しかけ、接してみても、自然の魅力、力には勝てないんだね。
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 最近の子ども達は自然と触れ合うきっかけがないだけで、いざ自然の中に入ると生き生きする。そして解散の時に「また森に来たい人は?」と問いかければほぼ全ての子どもたちが「ハーイ」と元気に手をあげる。環境問題は現場感覚がなによりも大切。そして自然が好きだから守りたいとなればそれが本来の姿で、知識だけの環境問題を詰め込んでもあの年号の暗記ばかりであった歴史の授業みたいに退屈するだけだ。

野口健環境大使賞授賞式にて

野口健環境大使賞授賞式にて

このような機会を子ども達に与えてくださった芹澤市長や教育委員会、そして各学校の先生方には心から感謝しています。この現場型環境教育(義務教育の中で)はまだまだレアケースですが、小諸で成功すれば1つのモデルケースとして全国に普及していくだろうと、そんな期待と夢を抱きながらまた来年も頑張りたい。
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 それにしても連日の雨で森の中は寒かった。鼻水がズルズル。風邪を引きました・・・。温室育ちのアルピニストはとてもデリケート。明日は群馬で講演し、東京にとんぼ返りしてから夜の便で北海道へ。明後日は釧路湿原を歩き、明々後日は釧路市内で講演です。以前から釧路湿原は是非とも訪れてみたい所であったのでとても楽しみ。それまでに風邪を治さないと。ではお休みなさい。

 東京都は東京オリンピック構想の目玉に環境問題への取り組みを挙げている。例えば1964年の東京オリンピック時に建てられた国立代々木競技場や国立競技場などのヘリテージ・ゾーンと呼ばれている施設を補強、増築すれば全体の7割が既存の施設で行える。石原都知事は「今までにないシンプルでコンパクトなオリンピックを目指す」としている。

そして「緑の基金」を立ち上げ街路樹46万本を100万本へ。小中学校の校庭を芝生化へ。そして部分的でありますが電線の地中化。そして私もオリンピック招致大使として関わっているのがゴミの島を森に変えるプロジェクト。建築家の安藤忠雄さん、宇宙飛行士に毛利衛さんも中心となって「緑の基金」への賛同を呼びかけている。

 9月20日、東京湾の入口にあるゴミの島(東京23区内で14年間で発生したゴミ1230万トンで埋め立てられた中央防波堤内側埋立地)に木を植え緑の森に変えようと植樹が行われた。面積は皇居や明治神宮とほぼ同じで、これだけのスペースが森になれば海から東京に流れてくる大気がまずこの森を通り抜けることになり、新鮮な空気が都内23区へ流れることになる。またゴミの島が森になれば世界初となる。以前、明治神宮の森を案内して頂き歩いたが、あの森は大正時代の人々がどうすれば自然林に近い森を作ることができるのか、100年たったら完成する森作りを緻密な計算の上にスタートさせた。そのおかげで明治神宮の森は野鳥の森とも呼ばれ多くの生き物が生息している。その明治神宮の森を歩きながら、こういった生き物が生きられる森がゴミの島にできたらどんなに凄いことなのかと想像しただけでもワクワクしていた。
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 来月にはオリンピック開催地が決定しますが、それはあくまでも人様が決めることであり、また政治的な駆け引きもあるでしょう。したがって私個人的には正直どうなるのかさほど興味がない。そんな事よりもオリンピックを目指すのならばその過程に興味がある。例えば世界遺産ありきで世界遺産を目指し選ばれた場所がありますが、果たして世界遺産になったことが幸せな事であったのかどうか。世界遺産になれば注目され観光客が増え経済的なメリットがあることばかりに期待し、受け入れ体制など、どのようにしてそこの自然を守っていくのかといった本来の取り組みを怠った場所は結果的に世界遺産になったことで多くの登山客や観光客によって踏み荒らされ無残な姿になってしまった。なんの為の世界遺産なのか、その目的を見失ってはならない。
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 これはオリンピックとて同じ事。したがって私はオリンピックに選ばれるかという事よりも何故に東京都はオリンピック招致を目指すのか、そのメッセージとは、そこに興味があります。

 先にも述べたように大都市東京で取り組める環境活動は多い。コンクリートジャングルといったイメージを持つ東京だが、その東京が緑に溢れれば他国の大都市もその影響を受けよう。特に中国に広まっていけば結果的に中国の大気汚染から自国を守ることに繋がるかもしれない。前回のオリンピックは怖いほど人工的であったのに対し、東京オリンピックは気張ることなく自然体で臨むべき。
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 明治神宮の森から学ぶべきことは、「人は自然環境を壊すこともできるが、同時に作ることもできる」ということ。先人は鎮守の森を作ってきたではないか。我々にはそのDNAが流れている。ゼロから始めるのはハードルが高いかもしれないが、あったものをもう一度取り戻す事はやる気さえあれば可能なはず。大都市の在り方を世界に訴えるためにまずは東京都が目に見える形で徹底的に環境対策を行う。その姿を世界に伝えていく。その目標さえぶれなければ私はオリンピック招致大使としてその役割を精一杯果たしたいし、逆にオリンピックありきで掲げた目標がパフォーマンスでしかなければ私は辞退する。

 私が尊敬している安藤忠雄さんが東京都のグランドデザインを担当していらっしゃるので安心しています。

 仮にオリンピック開催地に選ばれなくとも、この東京都の掲げた目標を着実に実現していかなければせっかくの夢のプロジェクトがもったいない。オリンピックが新たな環境型都市計画への1つのきっかけとなれば私はそれでいいと思うし、最も大切な事はどのような社会を皆で築いていくかの、その過程にあると思います。

2009年9月25日 野口健

安藤忠雄さんとの再会

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 本日、建築家の安藤忠雄さんと再会。何故か私、昨年の「ベスト万年筆賞」に選ばれましたが、この賞の面白いところは受賞者が次の受賞者を選ぶこと。私の場合は2年前に受賞された小池百合子さんが私を推薦。そして今年は私が尊敬しまた環境仲間として一緒に東京湾に森を作ろうと緑の東京募金の活動を行っている安藤忠雄さんをご推薦させて頂きました。
安藤さん


 「緑の東京募金」とは東京都主催で行っているプロジェクトであるが、東京都ででた1230万トンと建設工事で出た残土によって東京湾に埋め立てられた、いわゆる「ごみの島」に森を作ろうという計画。その「海の森」はお台場の沖合に浮かぶ中央防波堤の内側に位置するが、スダジイ、タブノキ、エノキなど48万本を植える。ごみの島に森を作るのは世界初の試みです。事業委員長は安藤忠雄さん、実行委員に私も加わり夏季五輪招致を目指す2016年までにはおおよそできる予定だ。
 
 東京都は2006年に「十年後の東京」というデザインを発表。「海の森」もその1つであり、それ以外に校庭の芝生化、また街路樹を倍の百万本に増やすなどして緑に囲まれた東京を目指す。特にこのプロジェクトに対する石原都知事の思いれは強く、石原都知事自らがこの「海の森」で植林活動を行っている。

 安藤忠雄さんとはこのプロジェクトで出会い交流を続けてまいりましたが、初めてお会いしたその瞬間からピーンとなにか強いもの感じていた。

安藤さん
安藤忠雄さんと

 ボクサーから建築家、そして東大教授という異色の建築家、安藤忠雄さんですが、家庭の経済的な事情から大学に進学し建築を学べなかった安藤さんは地元の工業高校を卒業後、図書館などに通い独学で建築を学ばれた。「ケンカしてお金がもらえるから」と高校時代にボクシングのプロ・ライセンスを取得。しかし、ファイティング原田選手のスタミナに「これは無理や」とスパッと諦め建築の世界へ。アルバイトをしながら建築の独学を始めて、20代の中頃に約30坪の小さな家を設計されられた。安藤さん曰く「大阪の人には勇気がある。なにしろ学歴もない、後ろ盾もない、そんな人間に設計させてくれるんだから。これ、東京ならあり得ない」と。
 今では、世界中から注目される安藤忠雄さんだが、私がなによりも大好きなのが安藤忠雄氏のスタイルである。髪もボサボサ、スーツもヨレヨレ、けっして着飾っていない、そして大先生でありながらも威張ること無く、とっても気さくにお話をされる、その全てがさりげなくカッコイイのだ。本物の男なのである。内面が輝いている男はなにも着飾る必要なないわけです。格好つけないところが実に格好いいのだ。
 表彰式の前に約2時間ほど対談を行いました。詳しく後日、月刊紙「ソトコト」で紹介されますので、ぜひご覧いただけたらと思います。
 
 環境問題はまさしく人間社会が相手であり、どのような社会を作っていくのかがテーマですが、これからも安藤忠雄さんには環境をテーマにした社会の設計に尽力される事を期待し、また一緒に活動を行っていきたいと思います。


2008年10月16日 野口健

明治神宮・鎮守の森に訪れて

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 今日は以前からよく訪れていました明治神宮の鎮守の森に出かけてきました。前回のブログでも報告しましたように、東京都は「緑の募金」を設立し東京湾のゴミの埋立地に森を造ります。ゴミの埋立地に森を作るのは世界で始めて。実は以前から森を造るこのプロジェクトには日本の神社界による提案でもあった。
 
 僕は森の専門家ではないけれど、あの明治神宮の森に足を踏み入れるたびに感じていたのが、いかにも自然林的な自然の森であるということ。様々な森を歩いてきましたが、森に入った瞬間に人工林なのか、また自然林、原生林であるのか、感覚的にその違いを感じてきました。明治神宮の森は大正時代に人々の手によって人工的に造られたものですが、しかし、それでいながら極めて自然林。野鳥の生息も50種類を超える。森には至る所から鳥のさえずりが聞こえてくる。
明治神宮1

明治神宮2



 じつは大正時代の人々が「永遠の森」にしようと自然林に近い状態を造り上げようと大正4年に明治神宮創建として、「明治神宮造営局」が組織されました。あの美しい森は明治神宮の「永遠の森」との基本計画によって造られた森です。人は自然を破壊する事も出来ますが、自然を造る事もできまることを証明しました。

 基準的な林宛の植栽計画は、50年後、100年後、150年後の変化の道程を念頭に置いた三段階予想林相図を作ったとのこと。

 第一段階の森は、一時的仮設のもので従来木や献木の中で大きいものを利用し、主木の上冠木はアカマツ・クロマツを植え、その間にやや低いヒノキ・サワラ・スギ・モミなどの針葉樹を交え。さらに将来の主林木になるカシ・シク・クスノキなどの常緑広葉樹を植え、下木として潅木類を栽培した。
 第二段階の森は、最上冠を占めていたマツ類がヒノキ、サワラなどに圧倒されて次第に枯れ、数十年後にはマツ類に代わって林冠支配木となる。

 第三段階の森はカシ・ヒノキ・サワラ・モミ・イチョウ・ムクノキなどの大木を混生した状態になり、100年後には天然林相になるという直気的な計画だった。

 つまりはあの明治神宮の森は壮大な計画の元、完璧に造られたそれこそ永遠の森だったのです。人の知恵の奥深さ、尊さを感じた今日の明治神宮の森体験でした。

明治神宮3

明治神宮4


中島精太郎宮司と対談

今日はこれから最終のフライトで広島に向かいます。もう羽田に行かないと間にあわないので、もっとじっくりと書きたかったのですが、続きをまた書かせて頂きます。写真は後に追加でアップします!それでは、広島行ってきます!
 10月22日、母校の亜細亜大学で講義を行なってきました。年に一回、これで4年目となりますが、母校で後輩達と接するこの日がとても楽しい。やっぱり母校っていいねぇ~ 帰ってきたといった安心感がある。オーバーかもしれないが、仮に世間が敵になったとしても、ここは味方でいてくれるといった意識なのかなぁ~ またキャンパスを歩いている学生の頃、エベレストに失敗し、ある時は遠征費用での借金に追われたあの日々を思い出す。大変な時期でしたがまさしく青春だった。
亜細亜大学講演


 亜細亜大学での講義を終え、急いで都庁へ。「緑の東京募金・開始記念シンポジウム」に参加しましたが、このプロジェクトの個人委員は建築家の安藤忠雄さん、宇宙飛行士の毛利衛さん、そして私。石原都知事の発案によりスタートした「緑の東京募金」ですが、目的は東京湾のごみで埋め立てられごみの島を緑の森に作り変える事。
石原知事1

東京シンポジウム


東京シンポジウム2



 東京湾にごみと残土で埋め立てられた中央防波堤内側埋立地、面積は約88ha(日比谷公園の約5・5倍)にスダジイ・タブノキ・エノキ等の苗木を植樹し、森を作る。ごみの埋立地に森を作るのは世界初とのこと。また、東京都全体にある街路樹48万本を10年以内に100万本に増やします。そして小学校などの校庭の芝生化、電柱の地中化、
多磨の森を花粉の少ない森に変える、などなど東京都はこの10年間で緑あふれる東京にしようと立ち上げた「緑の東京募金」。
東京シンポジウム安藤さんと


建築家・安藤忠雄さんと

東京シンポジウムぶらさがり


 私も委員の一人として積極的に関わっていきたい。特に埋立地での森作りを、東京都の小中学校の義務教育の中に取り入れたい。長野県の小諸での経験が東京都でも生かせたらいい。アジア・太平洋サミット、またこの東京都のプロジェクト、やらなければならないことが多いが、与えられた使命として精一杯取組んでいきます。

(前回のブログ 「ブータンから戻りました」に写真を追加しました。写真はクリックしたら大きくなります)

 上空から日本列島を見ると森ばかり映るが、そこに分け入ってみると大半が針葉樹ばかりの人工林で、うっそうとしていて薄暗い。

 日本の森は1950年代ごろから広葉樹の伐採が始まった。経済性の高いスギ、ヒノキなどの針葉樹が広葉樹に取って代わった。白神山地のブナは今となってはブームとなり観光客が殺到しているが、一昔までブナを「?」と書いたように、木材としての価値に低さから大量に伐採されたそうだ。近年、熊が里に出没するのも広葉樹林の減少が影響しているといえる。

 森本来の姿を取り戻そうと今年から長野県小諸市で森林の再生活動を始めたが、とても難しい。林業としての森作りならば針葉樹を縦、横に決められた間隔で植えていけばいいが不規則な間隔で様々な植生を混ぜる自然の森となると話は別だ。北海道で脚本家の倉本聰さんがゴルフ場を自然の森に変える提案をされ、植樹がスタートしたが、どの間隔で木を植えていいのか意見がまとまらない。そこで倉本さんの発案でゴルフボールを無造作に打ち込み、落下地点に木を植えたら意外と良かったそうだ。


  私はよく明治神宮に訪れる。そのたびに敷地内の森が極めて原生林的である事に感動する。もちろん、明治時代の人々が作った人工林なのだが、戦争直後まではここに多くのキジが生息していたとのこと。一般の人工林と違って生き物の多い森であり、明治時代の人々の緻密な計算の上つくられた“自然”の森だった。

 こんな話もある。東京23区には神社が800あるが、平均すると1つの神社で年間170台分の車から排出される二酸化炭素(CO2)を吸収するとのこと。さらに国学院大学の調査で、神社を取り囲むように存在する「鎮守の森」は一般の森の3.3倍CO2を吸収することも判明した。商用目的で植えられたスギやヒノキと違い、鎮守の森ではCO2をより吸収するとされるクスノキやシイなどの広葉樹が古くからはぐくまれ大きく成長しているからだという。

 人は自然を壊す事も出来るが、同時に自然を作れる事もできる。先人の行いへの感謝とともに、鎮守の森から知恵と勇気を頂いた。

伊勢神宮参拝

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霊峰である白山で、40年ほど前から白山比咩(しらやまひめ)神社が地元の行政に呼びかけ、清掃登山を日本で最も早くスタートさせたことは前回触れた。その事実に触発され、自然崇拝に興味を持った私は日本人の心のルーツであり、2000年来、自然を崇拝してきた伊勢神宮に訪れてみた。

 驚いた事に伊勢神宮には20年に一度、御社殿などをまったく同様に新しく作り替える式年遷宮というシステムが1300年も続けられていることだ。


 日本には世界最古の木造建築とされる法隆寺がある。当時から建築物を後世まで残す技術はあったのになぜ、伊勢神宮では20年に一度、造り直すのか。伊勢神宮の神職の方に尋ねると「20年というのは技術を伝承する為にも合理的な年数でもあります。そのおかげで1300年もの間、日本の伝統技術が伝承され、神宮は古代から伝わるお姿を保ちながら常に新しいお宮であり続けたわけです。また解体された古い木材は、全て他の神社の建て替えや、災害の復旧時に差し上げ、木材の切れ端まで再利用されます」昨今、リサイクルに関して方々で取り上げられるが、こういった思考法は昔から日本にはあったわけだ。

 

 式年遷宮には大量の木材が必要になるため、神宮の背後には世田谷区(5,500ヘクタール)ほどの宮域林がある。大正12年に式年遷宮の木材を全て神宮内の森でまかなえるように、檜の造林が開始された。200年かけて檜を育てていくという遠大な計画だ。日本全国の森を歩いてきたけれど、大半は針葉樹ばかりの人工林。生き物も少なくまるで海底にいるようにシーンと静まり返っている。

外宮参拝

  しかし、宮域林は森林生態系の調和を図るために広葉樹との混合林。その為、日本の野鳥の4分の1もの種類が生息し、絶滅にひんした種もいる。木に祈り、感謝し、そして謹んで使わせていただく。そして新たな木を植えて森を再生させる。式年遷宮は木の再生のお祭りとも言える。

 日本人の「山の神」「水の神」といった概念は理解されにくいのかもしれない。しかし、日本人特有の自然と人のかかわり方、共生のあるべき姿を、もっと世界に伝えていくべきだろう。

憧れの伊勢神宮にお参り

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 伊勢神宮にお参りしてきました。先月、霊峰である白山に登ってから、日本人と自然との関わり方をもっと知りたいと伊勢神宮に訪れてみました。

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 伊勢神宮は「式年遷宮(しきねんせんぐう)」という独自のしきたりがあります。それは、20年に一度、社殿など全ての建物を新しく造りなおすのです。また建物だけではなく御装束、神宝、なお14の別宮や内宮の宇治橋なども造り替えられます。
伊勢神宮が造られてから2000年。1300年前から現在の姿となりその頃から20年に一度の「式年遷宮」が始まりました。

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 神宮は古代から伝わってきた姿を持ちながら常に新しいお宮であり続けた。神宮は古くて新しいお宮。そして檜を伐採しながらも新たに檜を植樹する。大正12年から200年計画で檜の造林事業を進めている。伐採しては新たな命を森に吹き込むのだ。神宮の職員が宮域林(世田谷区ほどの面積)を管理し、伐採やまた針葉樹のみにしないで、森林生態系の調和を図るために広葉樹との混交林に誘導する施業を行なっています。宮域林も歩いてみましたが生き生きした明るい森でした。
 
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 遷宮は木の再生の祭りです。木に祈り、感謝し、そして慎んで伐採する。そしてその分植えて再生させる。神宮で解体された木材は全て他の神社の建て替えや災害の復旧時に差し上げ木材の切れ端まで再利用される。完全なるリサイクル。

 なぜ20年に一度かというのは、人生の1区切りが20年と考えられ、また技術の伝承するためにも合理的な年数とされています。神宮は古くて新しいお宮。伊勢神宮に訪れた小池百合子さんは「伊勢は懐かしい未来がある」と文学的な表現で伊勢を表していました。一般的には古ければ古いほうが言いと思われていますが、遺跡となっていまえば生き続けていないことだ。神道には常若(とこわか)と言う言葉がありますが、心を継承してゆくけれど、表に出てくるのは新しい姿。ハードは新しくソフトは古い。

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 1300年間、技術がずっと継承され、森と関わり、時に伐採、そして再生と、自然と共生している神宮の姿に、また1つ日本が世界に誇れる姿、文化、あらゆる自然に神霊は宿るといった日本人の宗教観(神道)を伝えていけると、一人の日本人として「式年遷宮」を1300年にも亙って欠かすことなく続けてきた伊勢神宮には心から敬意を払います。詳しくは近々、野口健HPの「野口健メッセージ」と「野口健ニュース」にも紹介されますのでご覧下さい。

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 あ~それにしても伊勢神宮は美しいところですよ。心がスーと癒されてきました。最近、短気になってきたのか、ちょっとイライラすることが多く、だんだんと自身の人相が険しくなってきたので、ちょうど良かったです。気持ちがとても穏やかになりました。日本の源郷である伊勢神宮にまた触れてみたいと思います。
 先ほど、日本人の宗教観と表現しましたが、いわゆるイスラム教のような一神教
とは大きく異なり、「神道」とは神様の道であり、私なりに解釈すれば「人としての道を究める」事なのかと思います。
 
 まだまだ伊勢神宮に未練が残りましたが、東京に戻ってきました。東京には厳しい現実が待っている。再び寝られない夜。しかし、明日からは大好きな白神山地。マタギの工藤さんとの再会。工藤さんもいつも白神山地に入るときに白神山地の神様に祈り、白神山地の自然の恵みに感謝し森と共生してきました。伊勢神宮同様に環境保護の原点を感じます。それでは、次は白神山地での報告をします!
 2年前から浅間山のある小諸市で清掃活動などの活動が始まった。昨年は小諸市の市有林で森林を生き返らせようと間伐などを行った際に芹沢市長に、「どうせやるのならば、本格的にやりましょう。森林再生計画ですが、一度森に手を入れたらずっと手を入れ続けなければならない。例えば小諸市内の小学校の総合学習の中にこの森林計画を含めてはいかがでしょうか?特に義務教育として環境教育を普及させたい。小諸市の小学生達と毎年続けて森を作っていくことで、理屈ではない現場での環境教育ができます。森が教材となるようなカリキュラムを作りましょう!」と提案させて頂きました。

 芹沢市長は「それはいいことです!是非、やりましょう!やはり現場です。そして続けていくことです!やりましょう!」と意気投合。今まで色々な地方行政や教育委員会に環境教育部分で提案させて頂いていましたが、なかなか実現しないでいました。しかし、小諸市の芹沢市長は全面協力。とてもありがたいし、今後の日本の教育方針にも大きな影響を与えるでしょうし、そうしなければいけない。僕は日本の義務教育の中に明確な「環境」という科目を作っていきたい。全国に環境教育の専門家が活躍できる場があれば環境教育のレベルも上がる。これから五年かけて小諸の子供達と森林再生計画を行い、いずれこのような計画が定着していけるよう頑張りたい。

 昨日は長野県民のみなさん(300人)との道路わきでの清掃活動、そして午後には森林の伐採。今日は小諸市内の小学校3校の小学5年生と午前中は森の中でネイチャーゲームを行い、午後は森で間伐などを行いました。今後は間伐した木材の使用方法まで含めた活動を展開していきたいと思います。

 環境問題は口を動かす前にまずは行動。明日はまた別の小学校の子供達と今日と同じプログラムを行います。この二日間で小諸市内にある六校中、四校と一緒に活動を行います。それでは、明日も張り切ってきます!おやすみなさい。
 

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